発展講座 労働者災害補償保険法 

S03B

 業務上疾病の認定  
KeyWords  
 
1 業務の起因性と遂行性
 業務災害として認定されるためには、@業務起因性とA業務遂行性の二つを満足する必要がある。
 業務遂行性とは、「労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態、すなわち、事業主の指揮命令に基づいて労働を提供している状態」をいい、この過程で生じた疾病は業務遂行性があると認められる。  

 業務起因性
 「業務起因性とは、業務遂行性があり、かつ労務の遂行に伴う危険が現実化したものをいう」 すなわち、業務と傷病等との間に一定の因果関係があることをいう。
 従って、たとえ業務中であっても、結果的にはどこにいようと関係なく誰もが被災するような天災地変によるものは業務起因性があるとは認められない。
 事故による負傷や死亡の場合はまだしも、疾病となるとはこの因果関係の認定はさらに複雑になる。
 つまり、事業主に補償責任がある業務上の疾病なのか、業務以外の原因(個人の不摂生、不養生、体質、遺伝・・・・)によるものかを区別しなければならないが、これが容易でない。
 そこで、労基法では、医学経験則上業務との因果関係が確立されている疾病を類型化して、あらかじめ法令で明示する方法をとり、これに該当すれば、特段の反証のない限り業務上の事由によるものとして取り扱うこととしている。これを「例示列挙方式」という。
 ただし、法令に明示されたものに限って認定されるというわけでもない。
2 業務上の疾病の範囲
 「労基法75条2項 前項に規定する(すなわち使用者が補償義務を負う)業務上の疾病、療養の範囲は、厚生労働省令で定める」  
 「労基法施行規則35条 労基法75条2項に規定する業務上の疾病は別表第1の2に掲げる疾病とする」 
 業務上の疾病
(別表1の2)
  業務上の負傷に起因する疾病
  物理的因子による次に掲げる疾病
1 紫外線にさらされる業務による前眼部疾患又は皮膚疾患
2 赤外線にさらされる業務による網膜火傷、白内障等の眼疾患又は皮膚疾患
3 レーザー光線にさらされる業務による網膜火傷等の眼疾患又は皮膚疾患
4 マイクロ波にさらされる業務による白内障等の眼疾患
5 電離放射線にさらされる業務による急性放射線症、皮膚潰瘍かいよう等の放射線皮膚障害、白内障等の放射線眼疾患、放射線肺炎、再生不良性貧血等の造血器障害、骨壊え死その他の放射線障害
6 高圧室内作業又は潜水作業に係る業務による潜函かん病又は潜水病
7 気圧の低い場所における業務による高山病又は航空減圧症
8 暑熱な場所における業務による熱中症
9 高熱物体を取り扱う業務による熱傷
10 寒冷な場所における業務又は低温物体を取り扱う業務による凍傷
11 著しい騒音を発する場所における業務による難聴等の耳の疾患
12 超音波にさらされる業務による手指等の組織壊え死
13 1から12までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他物理的因子にさらされる業務に起因することの明らかな疾病
  身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する次に掲げる疾病
1 重激な業務による筋肉、腱けん、骨若しくは関節の疾患又は内臓脱
2 重量物を取り扱う業務、腰部に過度の負担を与える不自然な作業姿勢により行う業務その他腰部に過度の負担のかかる業務による腰痛
3 さく岩機、鋲びよう打ち機、チェーンソー等の機械器具の使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢しよう循環障害、末梢しよう神経障害又は運動器障害
4  電子計算機への入力を反復して行う業務その他上肢しに過度の負担のかかる業務による後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕又は手指の運動器障害
5 1から4までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他身体に過度の負担のかかる作業態様の業務に起因することの明らかな疾病
  化学物質等による次に掲げる疾病
1 厚生労働大臣の指定する単体たる化学物質及び化合物(合金を含む)にさらされる業務による疾病であつて、厚生労働大臣が定めるもの
2 弗ふつ素樹脂、塩化ビニル樹脂、アクリル樹脂等の合成樹脂の熱分解生成物にさらされる業務による眼粘膜の炎症又は気道粘膜の炎症等の呼吸器疾患
3 すす、鉱物油、うるし、テレビン油、タール、セメント、アミン系の樹脂硬化剤等にさらされる業務による皮膚疾患
4 蛋たん白分解酵素にさらされる業務による皮膚炎、結膜炎又は鼻炎、気管支喘ぜん息等の呼吸器疾患
5 木材の粉じん、獣毛のじんあい等を飛散する場所における業務又は抗生物質等にさらされる業務によるアレルギー性の鼻炎、気管支喘ぜん息等の呼吸器疾患
6 落綿等の粉じんを飛散する場所における業務による呼吸器疾患
7 石綿にさらされる業務による良性石綿胸水又はびまん性胸膜肥厚
8 空気中の酸素濃度の低い場所における業務による酸素欠乏症
9 1から8までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他化学物質等にさらされる業務に起因することの明らかな疾病
  粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症又はじん肺法に規定するじん肺と合併したじん肺法施行規則第一条各号に掲げる疾病
  細菌、ウイルス等の病原体による次に掲げる疾病
1 患者の診療若しくは看護の業務、介護の業務又は研究その他の目的で病原体を取り扱う業務による伝染性疾患
2 動物若しくはその死体、獣毛、革その他動物性の物又はぼろ等の古物を取り扱う業務によるブルセラ症、炭疽そ病等の伝染性疾患
3 湿潤地における業務によるワイル病等のレプトスピラ症
4 屋外における業務による恙(つつが)虫病
5 1から4までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他細菌、ウイルス等の病原体にさらされる業務に起因することの明らかな疾病
がん原性物質若しくはがん原性因子又はがん原性工程における業務による次に掲げる疾病
1 ベンジジンにさらされる業務による尿路系腫瘍
2 ベータ―ナフチルアミンにさらされる業務による尿路系腫瘍
3 四―アミノジフェニルにさらされる業務による尿路系腫瘍
4 四―ニトロジフェニルにさらされる業務による尿路系腫瘍
5 ビス(クロロメチル)エーテルにさらされる業務による肺がん
6 ベリリウムにさらされる業務による肺がん
7 ベンゾトリクロライドにさらされる業務による肺がん
8 石綿にさらされる業務による肺がん又は中皮腫
9 ベンゼンにさらされる業務による白血病
10 塩化ビニルにさらされる業務による肝血管肉腫又は肝細胞がん
11 オルト―トルイジンにさらされる業務による膀胱がん
12 一・二―ジクロロプロパンにさらされる業務による胆管がん
13 ジクロロメタンにさらされる業務による胆管がん
14 電離放射線にさらされる業務による白血病、肺がん、皮膚がん、骨肉腫、甲状腺がん、多発性骨髄腫又は非ホジキンリンパ腫
15 オーラミンを製造する工程における業務による尿路系腫瘍
16 マゼンタを製造する工程における業務による尿路系腫瘍
17 コークス又は発生炉ガスを製造する工程における業務による肺がん
18 クロム酸塩又は重クロム酸塩を製造する工程における業務による肺がん又は上気道のがん
19 ニッケルの製錬又は精錬を行う工程における業務による肺がん又は上気道のがん
20 砒素を含有する鉱石を原料として金属の製錬若しくは精錬を行う工程又は無機砒素化合物を製造する工程における業務による肺がん又は皮膚がん
21 すす、鉱物油、タール、ピッチ、アスファルト又はパラフィンにさらされる業務による皮膚がん
22 1から21までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他がん原性物質若しくはがん原性因子にさらされる業務又はがん原性工程における業務に起因することの明らかな疾病
長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む)若しくは解離性大動脈瘤りゆう又はこれらの疾病に付随する疾病
  人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病
  前各号に掲げるもののほか、厚生労働大臣の指定する疾病
十一   その他業務に起因することの明らかな疾病
3 業務上疾病の認定範囲に関する補足
(1) 一は業務上の負傷が原因となって第一次的に発生した疾病(原疾患のほか、これに引続いて発生した続発性の疾病その他原疾患との間に相当因果関係の認められる疾病。
(2) 二から七までは主として有害因子の種類等に応じて、いわゆる職業病と呼ばれる具体的な疾病を例示列挙したものである。
 なお各号においても「その他」というのがあるが、これは例示された疾病に付随して生じる疾病その他でその原因因子にさらされる業務に起因することの明らかな疾病である。
(3)  八はいわゆる「過重負荷による脳・心臓疾患」に関するもの
(4)  九はいわゆる「心理的負荷による精神障害」に関するもの
(5)  十は、将来において一から九までに掲げた例示疾病のほかに、有害因子にさらされる業務に起因することが明らかな疾病として認めるべき必要がある場合、特に、告示による化学物質による疾病を追加する必要がある場合を考慮して規定されたもの。
(7) 十一は、一から十までに掲げる疾病の原因因子以外の業務上の有害因子によって起きる疾病又は有害因子が特定し得ないが業務起因性 が明らかであると認められる疾病などである。
(8) よって、二から十までについては業務と疾病との因果関係が推定される。
 つまりこれらについては、特段の反証がない限り業務に起因しているものとして取扱う。
(9) ただし、これらは例示列挙であって限定列挙ではない。
 すなわち、各号末尾及び十一に規定された「その他」は包括的救済規定であり、業務等との相当因果関係について個別に判定することになる。
 よって、請求のあった疾病が具体的に例示されていないからといって、直ちに業務外と判断することのないよう、慎重に検討して適切な認定が行われるように留意すること。
(10) とはいうものの、例示疾病として掲げられていない疾病については、一般的な形で業務との因果関係が推定されるものではない。
 従って、労働基準法の災害補償の場合は、請求人が使用者に対し疾病と業務との相当因果関係を立証しない場合には、災害補償は行われない。
 労災保険の場合にも基本的には請求人の側に立証責任があることはいうまでもないが、請求人の一定の疎明資料に基づいて、行政庁が必要な補足的調査を行うことにより、業務との相当因果関係の有無を慎重に判断する必要がある。
⇒例示列挙されたものでなくても、「業務に起因することの明らかな疾病」に該当すれば、業務上の疾病と認められる。